男女の間にあるスキンシップについて、あらためて考えてみた。
私たち日本に暮らす男女は、おそらくほとんどが、異性に積極的に「触れる」ということをしてきていない。そこには
・親しくない相手には触れないもの
という文化が根強くあるからだと思う。
心理学では0〜45cmの距離は「パーソナルスペース」といわれている。確かに近すぎるとしんどい。触れたくもない人に触れることはストレスだ。
近代の日本においては集合住宅での暮らしや核家族化によって、「助け合うために親しく関わる」ことが減っている。それに反して、満員電車やビルのエレベーターなど、日常的に「パーソナルスペースを侵害」し合っている……という歪んだ構造も関係しているのかもしれないが、日本人は人との「距離感」に敏感だ。
そもそも、少なくとも親や祖父母の時代には男女が触れ合うことは「はしたないこと」だったことも想像できる。スキンシップを知らずに育ってきた人は、夫婦でも親子間でも身体にあまり触れない、ということもあるらしい。要するにあまりなじみがないのだ。
そして、
・ベタベタして
というスキンシップに対する批判の言葉は、よく使われる。
「なんなの、あの子、山田くんにベタベタ触って。気持ち悪い」
思春期に女子がごっちゃごっちゃごっちゃごっちゃ陰口をいう話題のベスト3に入るのが、この話題なんですが(笑)。このことからも、スキンシップは、ネガティブな印象も持っているということが考えられる。
「触れる」なんて馴れ馴れしい。「触れる」なんて失礼。
それが一般的な日本人の感覚なのかもしれない。
このスキンシップ。
日本では、方法の種類が少ない。最近、そう思う。
そもそも「スキンシップ」って直訳できる日本語ってあるのだろうか……という、相方の言葉。そこで調べてみると出てきたのが
……「接触」(笑)。 ( ̄◇ ̄;)
Wikipediaによると、「スキンシップ」という言葉は、アメリカ人がたまたま話していた「造語」を日本人が持ち帰って日本に広まったらしい(無理に訳すとニュアンスとして「肌関係」という感じかしら)。
英語圏でこれにあたる言葉は、Physical intimacy。さらにこれを日本語訳すると、
……「愛撫」(汗)。 ( ̄◇ ̄;)
もはや、エロい方面にしか解釈できない言葉ですよね。
「スキンシップは大切です!」
と
「愛撫は大切です!」
は同義なんですね。……知らなかった。いや、確かに愛撫は大切ですが。
Physical intimacyよりも、Physical contactのほうが無難かもしれませんね。
さて、話を戻そう。
小さいときからの家庭内でのスキンシップを思い出してみる。私の母は、わりとスキンシップが多めだったが、父とはほとんど手を繋いだ記憶もないし、父のほうから私たち娘を抱きしめきてくれたことは一度もない。それでも私は父があぐらをかいている膝の上に自ら座りに行っていたことがよくあったらしいが、父はすぐに機嫌が悪くなるので、物心ついてからの記憶はほとんどない。5歳のときのあるできごと以来、父には嫌われていたので(気づかないふりをしていたが)、結局、父と肌で触れ合うことはほとんどなかった。
ただ、私は姉が大好きだったので、いつも姉にベタベタと甘えていた。いつも姉に抱きついたり、姉の手をつなぎに行ったりしてばかり。布団を並べて敷いて眠るときも、「お姉ちゃん手を繋いで」と、毎晩、手を繋いでもらっていた。スキンシップの心地よさを、姉のおかげでずっと感じてこられたのかもしれない。おかげで娘たちを育てるときもスキンシップ多めだった(いまも)。
私は、そういう意味では恵まれて育ったほうだと思う。でも、男の子はどうだろうか。良好な親子関係だと、小学生のころまで「おかあさーん」と母親の背中に抱きついている小学生男児は意外といる。でも、高学年か中学生ぐらいから、だいたいが母親に触れなくなっていくのではないだろうか。
対して、女子は(個々によるが)友達と腕を組んだり、寄りかかったり、友人同士で触れ合うことが多い。「親しさ」の象徴でもある。
男性は、触れ合わない文化。
女性は、触れ合う文化。
ここからのスタートである。ということをしっかり認識したうえで、男女のスキンシップの「種類」について考えてみたいと思う。
男女間のスキンシップは、極端?
さて、男女が知り合い、恋人になって、身体を重ね合う関係になるまで、私たちはどんなスキンシップをしていくのだろうか。
1)手を繋ぐ(握手)
大切ですよね。この手を繋ぐことから、「この人とつながっている」という喜びを女性が感じます。男性はいかがですか? ご夫婦で手を繋いでいますか? ちなみにうちの夫婦は今も外出中によく手をつなぎます。外で娘に会ったら、嫌がられるかもしれません。
男女問わずだが似たところでは「握手」。これも私が社会人になった30年前にはまだ、さほどおこなわれていなかったような気がします。私は、インタビューさせていただいて、素晴らしかったとき「握手させていただいてよろしいでしょうか?」と積極的に握手をおこなってきたのだが、これは結構、度胸のあるタイプだからできたことかもしれない。
その習慣から、アラサー時代、さまざまな方の講演やセミナーに行ったときにも、登壇者に握手を求めることがあった。そのとき、年齢層によって、ある程度、この「握手」への対応が違うように感じた(もちろん個人差はある)。そして、怪訝な表情を浮かべる人は高齢の女性に多かったことからも、「あぁ、そうか。やはり昔の日本には握手という文化があまりなかったのだろうな」と感じたものだった。
日本では明治以降に握手文化が広がっていったという記述を見たことがあるので、確かに、やはり「お辞儀」が一般的なんでしょうね。余談ですが、この握手のとき、相手から一言いただくことが多く、それも私の人生の糧になっています。ありがたい宝物です。
2)ハグする
王道ですね、ハグ。今は、ハグという便利な言葉が浸透してきているのでまだいいけれど、これも日本語に置き換えてみると、これまた「抱擁」。おお。やはりなんとなくエロい響きがあります。
つまり、日本にはこういった文化がないという証拠ですよね。いまの時代、かなりハグは浸透してきていますが、それでもやはりまだまだ慣れていないので、男女間のハグって欧米人のように絶妙に「胸が当たらないように」するのも難しかったりしませんか?
そして、意外にも、恋人や夫婦でも「ハグ」をあまりしないカップルも多かったりするようです。ハグ、気持ちいいのに不思議ですよね。
3)マッサージ・お手当て
ここで登場するのがマッサージやお手当て。ここで、「あれ? 不自然だな」と感じます。ここから急に「目的」や「意図」の明確なスキンシップになっていくわけです。
マッサージや、お手当ての目的は「痛みの緩和」。
「目的」を持つスキンシップなわけです。30年前、「百人斬り」を目指している知人のチャラい独身男性が、「肩を揉んで」と言って揉んでくれるかどうかで、相手の女性がどこまでOKかを推し量っていたことがあります(あほ)。それほど、知人や友人ならわりと触れやすい。明確な意図があるからこそハードルが低くなるのでしょう。だからこそ「思わせぶり」な行為としても利用されますし、肌に触れる女性のセラピストなどは、よく男性客から名刺や連絡先などいただいたりするのですが、「違うから!」と思ってしまいます(涙)。
さて。
この3つのスキンシップのほかには、どんなスキンシップがあるのだろうか。
ここで思いつかない男性、すぐに「キス」とか「セ○クス」とかが浮かんでしまった男性は、要注意! 「セックスレス」への道を辿ってしまう危険性が……。ほかにありませんか? スキンシップ。
この続きは、次回に。ここで終わるの? はい、終わります。長くなってしまうので、次回をお楽しみに(笑)。