女と男

女子の部分が表出しただけ

「男子になりきれず女子に挑戦」の続きです。

中学生時代、女子のなかで人間関係がうまくいっていなかった私には、話す相手もあまりいなかったので、おとなしくしていました。そのために私は「おとなしい子」だと思われていました。

あの「男っぽい私」はそういえば、いつの間にか姿を潜めていたのです。そしてなぜか、中3のとき、クラスの男子が私のファンクラブを作っていました。某アイドルに似ていると、運動会などで野太い声援をいただきました。

男子はおとなしい子をかわいいと思う傾向にあるようです。

アイドルの影響もあり「ぶりっこ」全盛期。一部の女子は、高い声でぶりっこして話していました。露骨に演技している女子を見るのはやっぱり同性から見てもちょっと……。

でも、ぶりっこを貶して徒党を組む派手な女子グループにも、それはそれで魅力を感じることもなく。それなら、ぶりっこ要素を取り入れてでも、「かわいい女の子になってみようかな」と思えてきたのです。

かわいいモテ女子の研究を始める

まず手始めに「モテる女子」がどんな風に話しているのか、どんな風に話すと、どう聞こえるのか、よく観察し始めました。

研究して実行して、反応を見る。どうすれば男子ウケするのかを研究観察したのです。でも、中学ではとにかく孤立しており、胃痛で保健室に通うほどメンタルもやられており、大人しくて暗いイメージが定着している。試しに話しかけることができる男子も限られていました。ちょっとやんちゃそうな男子は怖かったし。だったら、高校で大きく変わってやろう!と思いました。

高校に入ったら、しっかり自分の「キャラ」と「立ち位置」を変えてみよう!と心に決めました。前回の記事に書いたような「意図せずイメチェン」ではなく、今回は自分の意思で「イメチェンしよう」と思ったのです。

それでも「男」とからかわれた春の遠足事件

とはいえ、無事に高校に入学してもショートカット(そのころは癖毛はショートカットが推奨された)だったこともあり、まだどこか「女子」をやるにはぎこちなかったのを覚えています。

高1の春の遠足のとき、他のクラスの男子が、私が四つ葉を探しているのを見て「あ! 男が花詰んでる!」とからかったことがあります。その声に顔を上げるとその男子のすぐそばに典型的にかわいい女子がいました。そのかわいい女子の気を引くためだとすぐにわかりました。その光景を覚えているぐらい、私はショックでした(涙)。

その遠足のときの写真。後ろでイケメン風な角度で不機嫌そうに写っているのが私(笑)

今度は、研究観察の対象を「少年漫画」に変えて、モテる女子を研究しました。アホですね。

合氣道部だった私はよく捻挫しました。鍼灸の治療に通いながら、そこでつい読みたくなるのが『少年ジャンプ』。『ドラゴンボール』の連載が始まったころでした。そして、『少年ジャンプ』や、『タッチ』の単行本。そういうのを見ながら、モテる女子の言動を研究したのです。『タッチ』の浅倉南ちゃんは確かに参考にはなりましたが、「自分がモテる自覚と自信がある女子」がする言動というのは、おそらく「生まれ持っての美人」にしか放てない言葉がいっぱいで、少々抵抗も感じました。とはいえ、男子漫画に登場するモテ女子キャラには、どこか共通点があるということを見つけ、参考にさせていただきました。

一番足りなかったのは「笑顔」だと気づきました。社会人になり、企業に勤めるようになってからやっと最初から笑顔を作れるようになりましたが、そもそも自己肯定感の低い私には、高校時代、自分から笑顔を作るのは苦手で、苦手で。でも、せめて恥かしがらずに表情をちゃんと顔に出してみようと思いました。

でも、考えてみたら親からも下品な話し方にはずっとダメ出しされていたし、自信がないからそもそも声が小さい。特に、自分とかけ離れたようなぶりっこ演技をしなくても、自然と、自信がないから控えめになってしまう。ゆえに、放っておいてもわりと第一印象は、意外に「女子扱い」をされることにも気づきました。

研究の成果か、たまたま気が小さいのが功を奏したのか、それから徐々にモテるようになりました。ただ、同時に同性からは、露骨に嫉妬されるようになりました。そして、また今度は「女性の怖さ」を思い知ることに。

女子と話すときのほうが演技力が必要だった

それでも、ずるいことはしていないし、恋愛でも横取りするようなことはしない。そもそも、横取りしようとも思わなかったけど。こちらが真摯に対応していて、それでも嫉妬されるのであれば、もう仕方のないことだと思いました。

そもそも「話の合わない女子のグループ集団」といるのはしんどかったし、話が合わない。私の興味は「将来の仕事」だの、「哲学的なこと」「人間観察」「音楽(洋楽)」「映画」「言葉」「旅行」「バイク」。

いわゆるガールズトークのように延々と恋愛について話すのは、特に楽しいとは思わなかったし、恋愛漫画も読まない。恋愛映画も観ない。観てもおもしろくない。

結局のところ、話が合う女子は少ない。だから、男子と話すことが増える。そして、また女子の反感を買う。このループ。話の合う男子とは文通もしていた。スマホなんてない時代なので。

「哲学的なこと」に興味が出てくるころの男子のほうが、話していて面白かったし、将来の夢や、「バイクに乗りたい」「世界一周したい」なんていう話って、男子のほうが合う。おかげで、男友達もたくさんできた。男の子とのほうが自分らしさも出せた。

そもそも自分に嘘がつけないから女子グループの交際が苦手なのであって、女子トークの話題やノリに合わせるほうがしんどかった。むしろ女子と話すときのほうが、気遣いや演技力が必要だと気づきました。

「女子」が板についてきた高校2年。それでもまだ自己肯定感がなく笑顔はありません(汗)

結局、男子に対しては物凄く極端に自分を偽るような演技をする必要は全然なかった。甲高い声で「うふふ」なんていう笑い方なんて、どっちみち無理です(笑)。「きゃー!」という女子特有の叫び声も出ない。

最終的に「ぶりっこ」というより「男子にも女子にもやさしくゆっくり話す」ぐらいのところに落ち着きました。ちょっと「わからないふり」はしたかな。自分の考えをはっきり言うことは避けていたように記憶している。それも男友達や彼氏には、親しくなると意見ははっきり伝えることができた。とてもラクだった。

それでも、いわゆる大阪育ちのやんちゃ系の女子には「性格を隠している」みたいに言われました。平穏で賑やかな家庭で愛されて育ってきた女子には、家庭全体が静かで、家族みんなテンションが低いというのは、想像できないのかもしれませんね。

そもそも初対面が苦手なのは小さいころから。そして、しっかりものの姉の陰に隠れてもじもじしていた過去がある。いつも大好きな姉に甘えて、かわいがってもらっていた。特に、「ぶりっこするぞ」なんて努力しなくても、きっと素質があったのかもしれません。

むしろ、小学生時代、「男の子になりたい」という気持ちが強過ぎて、無理して「男の子っぽい元気女子」を演じていたところもあったのだろうと思います。「サバサバ系女子」と似ていますね。北陸出身の両親だったため大阪弁が苦手で、みんなにかわらかれるので、必死で早口の大阪弁を練習していたぐらいなので。あれはあれで無理していたんだな、ということにも気づいてしまいました。

つまり小学校時代は自分のなかの「男性性」にフォーカスしていたのでしょう。中学生以降は自分のなかの「女性性」にフォーカスを変えた。そんな切り替えだけでよかったのだと思いました。あ、当時は、「男性性」とか「女性性」という言葉は知らなかったけれど。

小学生のころは、サバサバ女子。
中学生以降20代ぐらいまでは、ぶりぶり女子。
「ぶりとサバは似ている?」という記事を書いたのは、そのためです。女子が表出してちょいと大げさにしたのが「ぶり」。男子が表出してちょいと大げさにしたのが「サバ」。その程度の違いしかない。

女性のだれもが、どちらの部分も持ち合わせている。

私自身のなかにある「女の子っぽい部分」は、気が小さく、初対面でもじもじしてしまう、平和主義、動作や話すのが遅い、怖がり(一人でお風呂に入るのさえ怖かった)。演技して嘘をつくのではなく、自分のなかにあるものを、どう表出させるか。それだけで「女の子」になれるんだなと気づいたのです。

「なーんだ」「私って結構、女子なんだ」と納得し始めました。そして、女の子の部分を表出させると、男の子は優しくしてくれる。そうして男の子たちに褒めてもらえることで、素直に「女性性」を受け入れ始めたのです。

自分の女性性は、自分で認めなければ開花しない。
さらに、それを男性に認めてもらうことで統合に向かう。

そう思います。女性が自分のかわいさを素直に認めるには、最終的にはやはり男性から女性としてかわいがってもらうことが必要な気がします。そのためには、女性は男性への「女の子扱いしてくれなかった恨み」をどこかで手放す必要があるのかもしれません。

男性陣にはぜひ、「現在のかわいさへの評価」として褒めるだけではなく、「かわいい女性となるよう願いを込めて」目の前の女性を褒めてあげてもらいたいのです。妻や恋人など、普段そばにいる人だからこそ、褒めてあげてほしい。

男性は思っていないことで褒めるのは苦手な人が多いですよね。でも「結果」だけじゃなく、育むための「褒める」という行為を身につけてもらいたいのです。

内心は「もっとかわいくなあれ」でも、伝えるときは「かわいいね」です。少しずつ褒めらていくうちに、女性は安心して「女性であり続ける」ことができるものです。

褒められると女の子になる。高3の遠足にて。高1と表情がまるで違う

「女の子」のペルソナのほうが実は意外に楽だったと気づいた私は、その後、何年も自分の男性性を横に置いてしまっていたようです。会社の先輩たちからも、男性からもかわいがってもらえる「女の子」のペルソナをかなり楽しんでいたと自覚しています。

しかし、それだけで人生うまくいくわけではありません。「女の子」をメインに表に出していると自分の理想とする男子と巡り会えない、「女の子」をがんばっているのに結婚した相手(前夫)が、次第に女性として自分を見てくれない、女性として守ってくれない……といったことに悩むことになります(続く)。

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