コラム

つまらない大人になっていないか

 NHKの朝ドラ「まんぷく」の主人公福子のお母さん役の松坂慶子さんが面白い。福子の夫でアイディア豊富な発明家の萬平が、困っている人のために新しいことを始めようとする。すると、お母さんが「お金はどうするの?」「どうやって生活するの?」とやらない理由を次々と並べ立てる。結局は家族のために一緒にやり始めるのだが、「私は武士の娘よ。そんなことできないわ」と言って、とりあえず抵抗する姿が観ていて可愛らしい。

 先日、公園を散歩していたら、木登りしやすそうな木があった。子どもの頃、よく木登りしたことを思い出し、木登りしてみようと思い立った。事前の脳内イメージでは、軽やかに登ってあの太い枝に腰をかけているはずだった。しかし、イメージ通りには身体は動かず、木にぶら下がるのがやっとだった。イメージと現実の違いにがっかりを通り越して笑いが込み上げてくる。もう一度チャレンジしようとすると、「筋肉がつったらどうしよう」「うまく手を引っ掛けるところがないよ」「怪我せずに降りられる?」などと、やらない理由が次々と頭のなかに出てくるのだ。

 結局、「明日からの東京出張に支障が出るかもしれない」という詰まらない大人の理由に落ち着き、木登りは諦めてしまったのだが、あのまま木登りをやっていたら、今でも木登りができるという喜びを感じていたのではないだろうか。できるかどうかわからないけれど、工夫してやってみたらできたという喜びを子どもの頃は毎日のように感じていたような気がする。

 子どもには前例がない。頭のなかはクエスチョンマークだらけだ。だから、大人から見ると突拍子もないことをするように見える。しかし、子どもは好奇心を満たすために行動しているだけだ。大人になることは好奇心をなくすことではないはずだが、解らないこと、つまり、クエスチョンマークがあることが怖くなるのかもしれない。

 好奇心を持った子どものような萬平は未来を見て、お母さんは過去を見ているように思う。未来を見ている人には憧れるが、過去ばかりを見ている人は滑稽に見えてしまう。未来には可能性があるが、過去には何があるのだろうか。

 私は好奇心は6歳、身体は18歳、知恵は100歳でいたいと思っている。要はいつまでも子どものような好奇心を持ち、身体は動きたいように動かせ、人生経験から得た知恵を豊富に持った生き方が理想なのだ。

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